昨日観た映画『ルーム』

 

前から観たかった、アカデミー賞主演女優賞をとった映画『ルーム』。先輩がお誕生日プレゼントにチケットを購入してくれたので、一緒に観に行った。

 

 

 

原作本は買っていて、でもまだ冒頭のシーンしか読んでいなかったので、ほぼほぼ新鮮な感じで観られた。観終わって思ったことは、この映画はもしかしたら、一切の事前知識なく観た方がよい映画かもしれない、ということ。だから私のこの感想も読まないほうがいいかもしれない。判断は読んでいる各個人に委ねる。何故そう思ったかは後に述べる。

gaga.ne.jp

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(やっぱり読まない、と決めた方のために行間を多く取ってみた)

この映画を一言でいうと

7年間に渡り誘拐監禁された女性が誘拐犯の子供を身ごもり、その子と逃亡を企てる話。
 

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こんな人におすすめ

誘拐監禁されたことのない人。つまり、ほぼ全員。何故かというと、こんなにリアルに誘拐監禁犯罪に巻き込まれた人の心情が描かれた作品を私は他に観たことがないと思ったから。
 
もし仮に、犯罪に巻き込まれた人が観たら、リアル過ぎてフラッシュバックが起きるかもしれないと心配になるくらい、生々しかった。
 

個人的感想

冒頭のシーンは微笑ましい描写から始まる。目が覚めた男の子が家中の物に「おはよう、イス」「おはよう、洗面台」「おはよう、テレビ」と挨拶して回るシーンから始まる。行動の微笑ましさとは裏腹に、画面に映し出される部屋の様子の寒々しいこと。薄暗く、狭く、ジメジメしている。
 
なんだ、貧乏なシングルマザーと息子の頑張る様子を描いた感動ストーリーなのか?という浅はかな予想をあっさりと覆して、母親は、5歳になった息子に、自分たちが存在する世界は本当はこの部屋が全てではないことを説明する。あまりに淡々と説明されるので、思わず流しそうになる。
 
どれだけ逃亡を企てても監禁犯に阻止され失敗し、逃げ出すことを諦めて抜け殻となってしまった少女が妊娠に気づき、耐え難い自己嫌悪と葛藤と孤独な出産を経て、我が子を腕に抱いた時の身体が震える感動とこの子を守ろうという決意の瞬間、その日から母親になると決めた彼女が少女から強い女性になっていく過程は、全く描かれない。空白の描写がとても効果的だと思った。
 
少年の愛らしさが、生々しい衝撃的な事件と全く寄り添うことなく、確固として独自に映画の中に存在していて、監禁事件を描いている映画を観ていることを忘れてしまう瞬間が何度かあった。甘いスイカに塩をかけると甘さが際立つのに似ていると思った。
 
本当はこの感想文を読む前に本編を観て欲しいけれど、ストーリーはどちらかというと、監禁されている母子よりも逃亡に成功し、あれほど焦がれた日常と自由に戻ったふたりが(と言っても息子にとっては生まれて初めての自由だが)、在るべき場所になじめずに絶望するというのがメインテーマだと思った。それは単に直接手を下した侮蔑すべき誘拐犯(個人的にはこういう犯罪を起こす人間は、強制的に去勢するかレイプされるかのハムラビ法典適用を認めるべきだと思う。無知は罪、というが、想像力の欠如もまた、罪だ)だけでなく、視聴率を取るためにより際どい質問を被害者に投げかけ、センセーションを巻き起こし、でも自分の蒔いた種は何一つ刈り取らずにそそくさといなくなるマスコミも誘拐犯に加担して被害者を傷つけている。
 
誘拐監禁という、本来ならありえない歪んだバランスの場所で生まれた母と子の関係とその人間性が、ギシギシと音を立てて軋みながら、それでも人間らしく生きるための涙の出るような自分との闘いが、あますところなく描かれた作品だと思う。息子のジャックが、「ルームに帰ろうよ」というシーンが涙なしには観られない。客観的には思い出したくもないだろうなと思わされる、閉じ込められていた狭い部屋が、そこで生まれ育って、部屋の外に出たことのない彼にとっては世界の全てであり、アイデンティティの根源なのだ。
 
人間は弱い生き物であると同時に、とてつもなく強い生き物だ。その様は、細くて今にも折れそうな小さな木が嵐にもみくちゃにされながらも、しなやかに枝を曲げ、風に体を任せて決して折れずに晴天を待つ姿を思い起こさせる。
 

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決して拉致監禁事件を肯定するものではないし、辛い目に遭った方が人間は成長できるというスパルタ論を支持するものでもない。ただ、主人公の女性曰く、理由もなく「人生を破壊された」人間が、その後の人生までも奪われることにはならない、という点が、観ていて背筋が伸びる思いだった。
 
この映画を予備知識なしに観た方がいいと思ったのは、陰惨な拉致監禁事件の話、という先入観で「かわいそうな人を描いた暗そうな話だから観るのをやめようかな」と思ってしまう可能性があるからだ。
 
この映画は、決して暗い映画ではない。想像を超えた悲惨な運命にも負けず人間の尊厳と強さを優しいメロディで高らかに歌う、人間讃歌だと思う。人は、強い。あなたも、わたしも。