千葉の旅
先輩の肝っ玉お母さんがお一人で暮らしている。一人暮らしと言っても猫3匹と同居し、ご近所は親戚や小さい頃からの幼馴染や友達ばかりで、毎日何かしらの食べ物のやりとりがあったり、お互い協力して農作業や病院の送り迎えをしたりで、独居という言葉のイメージからは程遠い。
でもやっぱり自分の子供が帰ってくるのは嬉しいし、ご無沙汰だと寂しいし、帰って来たら来たで普段自分ではできないけどなかなかご近所さんには頼みづらい細かいこと(木が元気過ぎて道路にはみ出した生け垣の刈り込みとか、猫が破って勝手に自分たちの出入り口にしちゃった網戸の張り替えとか、膝が痛くて急な階段を登れない離れの屋根裏の掃除とか、周りも老人が多いので、猫のトイレの砂など重いものの買い出しとか)をここぞとばかりに頼むそうだ。
私もお邪魔したら一宿一飯の恩があるので、勿論手伝えることは手伝う。
今回は生け垣の刈り込み。私は硬い虫はゴキブリも含めて、そこまで苦手ではないけど、柔らかい幼虫系が大の苦手。例えば道路に毛虫が落ちていたらその道路はもはや歩けず、回り道をする程度には苦手。生け垣から糸でぶら下がる小さいイモムシに毎回悲鳴をあげて「ご近所さんがびっくりするよ!」と怒られながら刈り込みした。
悲鳴をあげつつも、自分の普段の生活と比べて、一人で暮らしている中で柔らかい虫に会った時と、そばに誰かがいて、「虫がいて怖かった」という訴えを完全に「はいはい」と流されつつも聞いてもらう相手がいるというのは心の有り様が全然違うなあと思った。誰かと暮らすってこういうことなんだなぁと思った。
近所(といっても車で15分)の道の駅にあるテラスつき喫茶店のお庭に咲いていた。まっすぐに、紫と黄色の花の列があって、紫は色のグラデーションが美しい。ロベリアかな。
漁師のご近所さんがその日獲ったホナガというお魚。まだ生きていてピチピチ抵抗するところを、お母さんは「ごめんねー」と全然悪いと思ってない口調で言いながらガシガシとさばいていった。肝が美味しいそうで、煮魚にするといって皮を剥いて真っ二つにしていた。その他にも、桜鯛、カレイ、アマダイと数々の魚たちのお腹を切り裂き、内臓を出し、下ごしらえをした後、「あー、本当にかわいそう〜」と棒読みで言ったのがおかしかった。
ご実家の猫ちゃんトリオの一匹。ものすごく人なつこくて、なでろーなでろーと寄ってくる。見当違いのところを撫でると身体を動かして「違う!そこじゃなくてここ!」と押し付けてくる。ウザい彼女みたいだけど、男の子。
これから本当の実家に帰ります。