こないだ観た映画『ミルカ』

『ミルカ』という映画を観た。インド映画である。
相当ネタバレしているので、観る予定の方はご注意ください。

まったく新しいインド映画 、という感想文をどこかで見て、去年インドにも行ったし、平均的な日本人よりはインドに関心を持っていると思うので、観に行った。  

この映画をひとことで言うと

スポ根娯楽作をベースにした、マサラムービー。ミルカ・シンという、実在の陸上選手の激動の半生と、走ることに情熱を傾ける姿を描いた作品だ。

何故インド映画は長くて歌や踊りが入っているかというと、映画は一般市民にとってはたまに楽しめるハレのエンターテイメントなので、コストパフォーマンスが重視され、一本だけ観ても十分満足できるように、歌あり踊りあり、そして一本が長いという説を読んだことがある。

だから、展開がめちゃドラマチックだったり、ラブロマンスだったりアクションが入っていたりと、一本に様々なジャンルが詰め込まれて、いわゆるマサラムービー(マサラとはインドのスパイスのこと)になったりしてるのかなあ、と考えていた。

実在した人物を主人公に据え、その人生を描いた作品だけど、描かれていることが全部本当だとしたら、マサラをまぶす必要はなく、素材(主人公の人生)だけで十分スパイシーな料理(映画)になっていると思った。

とはいえ、本作も主人公の陸上にかける情熱を描いたスポ根ものに加え、美女との淡い初恋、おきまりの憎いライバルの登場や主人公への陰湿な嫌がらせで観客のフラストレーションを煽り、仕返しするのではなく競技での勝負で見返すという昇華、何故主人公が走ることに目覚めたかのくだりに出てくる彼の過去、など、幅広く観客にアピールする点ではマサラムービーと言えるかも。

結果的に『ミルカ』は、オーセンティックなマサラムービーであると同時に、撮影技術や無理やりミュージカルシーンにスイッチしないところとかが、従来のインド映画と異なる点だと思った。

こんな人におすすめ

インド映画を(唐突な歌と踊りが苦手という理由で)観ていないリアリストな人に強くおすすめする。余談だが私の母はミュージカルが大の苦手だ。家族で一緒にレンタルビデオで借りてきたウエストサイドストーリーを観て、「何故初対面の人間同士が有名でもない歌をリハーサルもなしにぶっつけで一緒に歌い、なおかつハモれるのかが全く分からない」と言った人だ。小学生だった私は、母に対して「それはね」とうまく理由を説明することができなかった。今でも母を納得させられる説明ができる自信はない。

閑話休題。つながりが不明の突如の群舞は出てこないので安心して観て下さい。

群舞シーンはあるけど、全部歌い、踊るに至る納得する理由があって、リアルに起きても違和感のない流れになっている。

でも、前述のようにインド映画としてのエッセンスは入っている。マサラムービー・アレルギーの人にぴったりの映画だと思う。


個人的感想

主人公の過去が走ることにつながっていると書いたが、彼はインドとパキスタンの国境周辺の平和な村に住む少年だった。学校に通うのも、行き帰りを大好きな砂漠や平原を走って移動するような、走るのが大好きな少年だった。

突然だがここで背景の説明のため、学生時代は世界史の成績が常に最低で、世界史を科目に含む受験にことごとく失敗した私が、映画とウィキペディアの範囲内で理解した背景を書く。間違っていたら優しく教えてください(一礼)。

かつて、大英帝国の植民地だったインド領は、独立の気運が高まったのち、統一インドとしてではなく、インド及び東西に分かれたパキスタンと分裂した国家として独立を果たす。分裂した理由は多数派のヒンドゥー教徒と、少数派のイスラム教徒の間で激化する対立のためだ。

結果として、国境付近に混在していた二つの宗教の信者は、それぞれ対立する異教徒(お互いにとって)に迫害され、ヒンドゥー教徒はインド側に、イスラム教徒はパキスタン側に追いやられることになるが、迫害のレベルが一説によれば死者100万人にもおよぶ虐殺を含むものだったそうで、これはインド独立運動の最大の悲劇とされている。

主人公のミルカ少年は、この混沌の大虐殺に家族ごと巻き込まれ、馬に乗って村に侵入してきた三日月刀を持つイスラム教徒に、姉ひとりを除いて家族全員殺されてしまう。

目の前の大きな敵の姿とお腹に響く馬の蹄の轟音に怯え、足がすくんでしまうミルカの前に、父親が声を枯らして叫ぶ。

「走れ!ミルカ、走れ!」

父の声に雷に打たれたように我に返り、走り出すミルカ。全力で走りながら振り返った肩越しに、自分と敵の間に立ちふさがり、盾になった父が、まさにその瞬間、殺されるのを目撃してしまう。

恐怖に顔が歪みながらも走り続けるミルカの受難は、むしろ始まったばかりだっ
た。

  • 宗教の違いが人を殺していい理由になる世界

私は典型的な日本人で、お正月は神社に初詣をし、法事の際はお寺にお邪魔し、クリスマスは何となくチキンとケーキを食べたいと思う。

よく言えばひとつの宗教に縛られていないし、ありていに言えば、節操がない。

日本人は概して宗教に関しては寛容だと思う。全てのものに神が宿るっていう文化だからかな。宗教の違いを理由に、誰かを迫害したり、殺し合いをしたり、というのは聞いたことがない(オウム真理教の起こした一連の事件は、間違いなく歴史に例をみない悲劇ではあるが、宗教の違いによるものかどうかは議論が残ると思う)。

正直言って、自分の違う宗教を信じているという理由で、誰かを攻撃するという行動が理解できない。もしかして、絶対神に帰依する宗教の中には、異教徒は人間として認めないとか、異教徒のまま生きていてもいいことないから、早いうちにそれらの人々を殺すことがその人を救うことになる、みたいな教えになってたりするのだろうか?

何が正解かは分からないけど、イスラム教を信じる人も、ヒンドゥー教を信じる人も、それ以外の宗教を信じる人も、等しくお互いを尊重してそれぞれ幸せになる方法ってないのかなあ。

エンターテイメントです

しちめんどくさいことをダラダラと書きましたが、あくまで個人的にこの映画を観て考えたことで、基本はエンターテイメント作品です。ゆったり映画館の座席に座り、リラックスして楽しめる作品です。機会があれば是非!長いけど。