夏が終わってしまう。

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季節の終わりはいつも感慨深いけど、夏の終わりだけは何故か、切ない気持ちになる。

先週観た映画『アイアムアヒーロー』

大泉洋が出演する映画は全て観る、というのがマイルールなので、『アイアムアヒーロー』を観た。そして上映中、激しく後悔した。(作品としてはとても良い映画。なぜ後悔したかは後述する)

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この映画を一言でいうと

「特別」になりたい普通の人間が、ゾンビに襲われるという極限状況の中で自分以外の誰かを守る役割に半強制的にめざめ、鈴木英雄という名前にふさわしいヒーローになれるのか、というお話。

こんな人におすすめ

自分の日常生活が同じことの繰り返しで、ありふれてるなーと思うひと。

個人的感想

主人公、大泉洋演じる鈴木英雄の冒頭の前段描写はとてもリアル。20歳の時に漫画の賞で佳作入選したきり、全く芽が出ない35歳の漫画家。プロ漫画家のアシスタントをしながら編集部に原稿を持ち込むも、「なんか、フツー」と言われてしまう毎日。長年同棲している彼女からも呆れられ、「英雄くんのは夢じゃなくて妄想だ」とアパートから叩き出される。

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そんな中、突然日本を正体不明のウイルスが襲う。感染したひとはゾンビのようになり、周りの人間に襲いかかり、かみつく。噛みつかれた傷跡からウイルスが血液感染し、襲われたひともまた、ZQNと呼ばれるゾンビになる。爆発的な勢いで街に広がるZQN被害になすすべもなく、逃げ惑う一般の人たち。

命からがら逃げ続けた先で、未感染の人間コミュニティに行き着いた鈴木英雄とたまたま同行した女子高生は生き延びられるのか。

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というのがあらすじ。

何故上映中後悔したかというと、一番最初に出てくるゾンビのシーンが、本当にシャレにならないほど怖かったからだ。後半、ゾンビが大量に出てくるシーンはあまりにシュールで少し笑ってしまうようになったけど、最初のシーンは自分を支えてきてくれた彼女が、知らない間にウイルス感染していたシーン。具合が悪くて部屋に寝ていると携帯に電話をかけてきた彼女に差し入れ(好物のメロンパン)を持っていったところ、鍵が開かない。携帯は中で鳴っているからいることはわかっている。もしや倒れて動けないのか!?と安アパートにありがちな、ドアに直接ついている郵便受けのふたを開けて中を覗くと、ベッドに寝ている彼女が糸の切れたマリオネットのようなあり得ない動きをし始めたかと思うと、突然ドアに突進し、英雄に襲いかかる…というシーン。

マジで怖かった。わたし、ホラー映画苦手なのに。お化け屋敷も「ホーンテッドマンション」がわたしが入れるギリギリのお化け屋敷なのに(あれも相当決意しないと入れない)。ちびるかと思った。いやむしろちょっとちびってたかもしれない。ビビりすぎて、帰りの電車の中で隣に立っているひとが突然ZQN化したら何を武器にして戦うか、いや、逃げるが勝ちか?と手に汗をかきながらシミュレーションしていたし、家に帰った後、とりあえず押入れから何からひとが隠れそうなところは全部開けて誰もいないことを確認してからじゃないと落ち着けなかった。

しかし、その点を除けば、英雄と名前につく自分を自嘲する主人公が、極限状況のなかで自分以外の誰かを守る(彼女を救えなかった後悔も含めて)という人間としての根源に目覚めて、少しずつ前進していく様も、とてもリアルだったし、力を合わせてZQNに対抗していかなければならないはずの未感染の人間コミュニティの内部で蠢めく、「ゾンビより普通の人間の方が怖いじゃん!」という暗いパワーバランスも描かれていて、これも「もしこの状況が実際に起きたら、こうなるんだろうなー」と納得のいくリアルさだった。

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この主人公を、リアリティを持って、同時にどこから見ても立派なキラキラ系のヒーローじゃなく、ちょっと笑える脱力系のキャラとして演じられるのは、今の日本に大泉洋しかいない、と思った。

自信を持ってお勧めできる作品だけど、心理的に追い詰められるサイコスリラーや、静かな中で突然怖いのが出てくるメンタルをやられるホラーが苦手なひとは、私と同じように前半で映画館を出たくなるかもしれない。でも、そこさえ乗り切れば、あとは時々座席から小さく飛び上がるくらいのびっくりでおさまりそう。

またR15指定になっているので、血とか肉とか頭とか手足が飛び散るスプラッタ系が苦手なひと(私はこっちは全然平気)も要注意。予想以上に凄いことになっています。そういうのが好きな人には自信を持ってお勧めできます。漫画原作が未読なので、読もうかなと思いつつ、漫画は漫画でコマ割りでZQNが襲ってくる恐怖を緻密に表現したりして、相当精神にダメージを受けそうな気がしている。原作読んでいる方の感想をぜひ聞いてみたい。

昨日観た映画『ルーム』

 

前から観たかった、アカデミー賞主演女優賞をとった映画『ルーム』。先輩がお誕生日プレゼントにチケットを購入してくれたので、一緒に観に行った。

 

 

 

原作本は買っていて、でもまだ冒頭のシーンしか読んでいなかったので、ほぼほぼ新鮮な感じで観られた。観終わって思ったことは、この映画はもしかしたら、一切の事前知識なく観た方がよい映画かもしれない、ということ。だから私のこの感想も読まないほうがいいかもしれない。判断は読んでいる各個人に委ねる。何故そう思ったかは後に述べる。

gaga.ne.jp

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(やっぱり読まない、と決めた方のために行間を多く取ってみた)

この映画を一言でいうと

7年間に渡り誘拐監禁された女性が誘拐犯の子供を身ごもり、その子と逃亡を企てる話。
 

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こんな人におすすめ

誘拐監禁されたことのない人。つまり、ほぼ全員。何故かというと、こんなにリアルに誘拐監禁犯罪に巻き込まれた人の心情が描かれた作品を私は他に観たことがないと思ったから。
 
もし仮に、犯罪に巻き込まれた人が観たら、リアル過ぎてフラッシュバックが起きるかもしれないと心配になるくらい、生々しかった。
 

個人的感想

冒頭のシーンは微笑ましい描写から始まる。目が覚めた男の子が家中の物に「おはよう、イス」「おはよう、洗面台」「おはよう、テレビ」と挨拶して回るシーンから始まる。行動の微笑ましさとは裏腹に、画面に映し出される部屋の様子の寒々しいこと。薄暗く、狭く、ジメジメしている。
 
なんだ、貧乏なシングルマザーと息子の頑張る様子を描いた感動ストーリーなのか?という浅はかな予想をあっさりと覆して、母親は、5歳になった息子に、自分たちが存在する世界は本当はこの部屋が全てではないことを説明する。あまりに淡々と説明されるので、思わず流しそうになる。
 
どれだけ逃亡を企てても監禁犯に阻止され失敗し、逃げ出すことを諦めて抜け殻となってしまった少女が妊娠に気づき、耐え難い自己嫌悪と葛藤と孤独な出産を経て、我が子を腕に抱いた時の身体が震える感動とこの子を守ろうという決意の瞬間、その日から母親になると決めた彼女が少女から強い女性になっていく過程は、全く描かれない。空白の描写がとても効果的だと思った。
 
少年の愛らしさが、生々しい衝撃的な事件と全く寄り添うことなく、確固として独自に映画の中に存在していて、監禁事件を描いている映画を観ていることを忘れてしまう瞬間が何度かあった。甘いスイカに塩をかけると甘さが際立つのに似ていると思った。
 
本当はこの感想文を読む前に本編を観て欲しいけれど、ストーリーはどちらかというと、監禁されている母子よりも逃亡に成功し、あれほど焦がれた日常と自由に戻ったふたりが(と言っても息子にとっては生まれて初めての自由だが)、在るべき場所になじめずに絶望するというのがメインテーマだと思った。それは単に直接手を下した侮蔑すべき誘拐犯(個人的にはこういう犯罪を起こす人間は、強制的に去勢するかレイプされるかのハムラビ法典適用を認めるべきだと思う。無知は罪、というが、想像力の欠如もまた、罪だ)だけでなく、視聴率を取るためにより際どい質問を被害者に投げかけ、センセーションを巻き起こし、でも自分の蒔いた種は何一つ刈り取らずにそそくさといなくなるマスコミも誘拐犯に加担して被害者を傷つけている。
 
誘拐監禁という、本来ならありえない歪んだバランスの場所で生まれた母と子の関係とその人間性が、ギシギシと音を立てて軋みながら、それでも人間らしく生きるための涙の出るような自分との闘いが、あますところなく描かれた作品だと思う。息子のジャックが、「ルームに帰ろうよ」というシーンが涙なしには観られない。客観的には思い出したくもないだろうなと思わされる、閉じ込められていた狭い部屋が、そこで生まれ育って、部屋の外に出たことのない彼にとっては世界の全てであり、アイデンティティの根源なのだ。
 
人間は弱い生き物であると同時に、とてつもなく強い生き物だ。その様は、細くて今にも折れそうな小さな木が嵐にもみくちゃにされながらも、しなやかに枝を曲げ、風に体を任せて決して折れずに晴天を待つ姿を思い起こさせる。
 

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決して拉致監禁事件を肯定するものではないし、辛い目に遭った方が人間は成長できるというスパルタ論を支持するものでもない。ただ、主人公の女性曰く、理由もなく「人生を破壊された」人間が、その後の人生までも奪われることにはならない、という点が、観ていて背筋が伸びる思いだった。
 
この映画を予備知識なしに観た方がいいと思ったのは、陰惨な拉致監禁事件の話、という先入観で「かわいそうな人を描いた暗そうな話だから観るのをやめようかな」と思ってしまう可能性があるからだ。
 
この映画は、決して暗い映画ではない。想像を超えた悲惨な運命にも負けず人間の尊厳と強さを優しいメロディで高らかに歌う、人間讃歌だと思う。人は、強い。あなたも、わたしも。
 

銭湯の効用

よく銭湯に行く。

嬉しいことがあったとき、気分転換したいとき、いやなことがあったとき、悩みごとがあるとき。

いい気分のときは、鼻歌を歌いながら、行ったことない遠くの銭湯に行ってみたりする。落ち込んでいるときはどよーんとした気持ちでいつも行く近所の銭湯に赴く。

不思議なのは、いい気分でテンションが上がっていても、落ち込んだ気持ちでどんよりしていても、大量のお湯に身体ごと浸かって一定期間たゆたい、頭のてっぺんから爪先まで気持ちよさを存分にあったまったところで上がると、た高いテンションでも低いテンションでもない、一定の穏やかな気持ちになれるところ。

自分をニュートラルポジションに戻してくれる。家の小さなお風呂だと、落ち込んだ気持ちは落ち込んだままだし、ハイテンションのときはハイテンションのままだ。なんでかな。

銭湯の大きな浴槽には、身体の汚れを落とすだけではない、不思議な力がある。身体だけじゃなくて、無意識にかぶっている精神的な仮面も全部元どおりに、素の自分に戻してくれるような気がする。ただ、お湯がたくさんあるだけなのに。

だから、私は今日も銭湯に行く。

こないだ観た映画『俳優 亀岡拓次』

『俳優 亀岡拓次』を観た。

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安田顕主演の邦画。「水曜どうでしょう」に出ていた頃のヤスケンはいじられ放題のキャラクターだったから、その時代を知る者からすると隔世の感がある。
これを見てげらげら笑っていた頃は、まさかヤスケンが映画の主役を務める日が来るなんて思わなかった。

でも主役を演じるようになっても、ヤスケン節は変わらない。どこか情けなくてカッコ悪くて、でも無理に自分を盛ったりせず「ま、自分、こんなんすから」と諦念にも似た感じで何とも脱力感漂うカッコ悪キャラが、一周回ってカッコいい。もしかしたらリアルではめっちゃイケメンキャラなのかもしれないけど、スクリーンの外のことはまあ、どうでもいい。

この映画を一言でいうと

「どこかで見たことある顔だけど、名前を思い出せない」俳優、亀岡拓次がありとあらゆる役柄を演じる日常を、たっぷりのペーソスと、少々のファンタジーで描いた映画。

こんな人におすすめ

チャップリン映画が好きな人は、この映画は割と受け入れられるんじゃないかと思う。たぶん、30代後半の、ある程度人生経験を積んできて、自分の限界を悟ったり、あるいは夢をあきらめきれなかったりする人間のはらわたにグッとくる映画。

個人的感想

ままならない人生を、それでも腐らずに肩の力を抜いて受け入れる。

「人生色々あるけど、ま、そんな悪いことばっかではないはず、だよ、ね?」という達観した楽天性が、観る者の人生に対する漠とした不安を和らげ、笑顔にさせてくれる。

37歳独身。いつまで経っても主役をもらえないで年ばかり重ねていく。でも、やっぱり演じることが好きだから諦めきれない。ま、他にできることもないし。

いいんだ俺は演技の仕事さえもらえれば。と開き直っているようでいて、減ってきた仕事に不安を感じて今まで受けていなかった芝居の仕事を受けたり、小市民的にあがく亀岡拓次の姿が情けなくも愛おしい。

別に世の中を変えるみたいな大それたことをしたいわけじゃない。でも、せっかくの人生、自分の納得できる自分なりの「面白きこと」をしてみようじゃないか、という心意気を感じられて、観ていて笑いながら背筋が伸びる映画だった。

びっくり人間ヤスケン、やっぱり好きだなあ。

本日のランデブー

お昼ご飯を食べていたら、隣の窓ガラス越しに雀が。


羽毛を膨らませて、まるまるふくら雀になっていて可愛い。


何かあげたかったけど、ガラスに阻まれて出来ず。

雀であっても、じっと見つめられている中ご飯を食べるのは気まずい。  


そんな訳で早々にお店を出ます。f:id:snowflakesonnose:20160314122918j:plain

仕事を一緒にする同僚に関してどうしても我慢できないこと

転職を考えています。
転職の理由は人によって様々だけど、私の場合は「上司がどうしても合わないから辞めたい」。

今の部署に異動になって6年目になります。私のいる会社は新卒採用は全くなく、みんな中途で入ってその部署でずっと働きます。部署内で配置換えはあるけど、部署をまたいでの異動は私が史上初とのことです。

最初に異動と言われた時、「一緒に働く人と面談したい」と希望して面談をしてもらいました。第一印象は最悪で、人として信用できないと思ってしまいました。でも、新しいことを学べるし、第一印象だけを根拠にチャンスを逃すのもどうかと思い、自分の直感に蓋をして異動を承諾しました。

結果、直感は正しく、最初の頃は仕事を覚えるのに必死だったりで、上司の嫌な側面が垣間見えてもそちらまで気が回らず、「気のせいかもしれないし、とりあえず3年くらいは我慢しよう」と決めて業務に取り組みました。結果、5年経った今、上司と働くのが本当に嫌な毎日です。

ただ、自分でも悩んでいるのが「上司と合わないから辞める」って健全な転職理由なのかな、ということ。

そんな話はこの世にゴマンとあるだろうし、そんな理由で辞めたいって甘えかなとも思います。小さい頃は、大人になるって、もっと自然に時間が経てば、嫌なことを我慢したり受け流したりできるようになると思っていたけど、なかなかどうして、大人になるって難しい。

実際問題、年齢的にも(40越えてる)、キャリア的にも(全然ペーペーのグレード)魅力的なスペックではない中、転職活動して惨敗となる可能性の方が高い。運良く見つかっても、年収は絶対下がる。

でも、毎日心をすり減らしながら、奥歯を噛み締めながら今のところで働くよりは、子供もいないし結婚もしてないし両親もまだそれなりに元気だし、ローンなどの背負うものがない私は「自由になりたい!」と思ってしまう。

自由って、いったいどこにあるんだろう。自分探しと一緒で、色々探し回っても無駄で、今、ここにしかない気もします。